野菜がまるごとぶち込まれている料理に惹かれる。

子供の頃から、野菜がまるごと入っている(ぶち込まれている)料理に、何故か心惹かれる。
玉ねぎを筆頭に、にんじん、じゃがいも、キャベツ等々、素のままの野菜に包丁を差し込まず、ひたすらに鍋にぶち込まれている料理。

(それもあってかラーメンのスープを作る光景も好き。)

惹かれていると同時に、憧れている側面もあるのだけれど、たぶんこれまでに”素の野菜をそのままぶち込む料理”というものを作ったことがない。何故なら食べにくいからだと思う。

スプーンで掬えないし、箸で掴めない、合理性のかけらもない。

「だからお前はダメなのだ!」

と、チェーン展開をする飲食店で作ったならば、即刻、店長から罵倒を浴びせられることだろう。もっと食べる人の事を考えろよ、と。

そう。
愛のある料理とは、食べる人の事を想って作られた料理。だからこそ美味しいのだ。
野菜まるごとぶちこまれ料理なんぞ、「届ける」を怠った糞料理と言えてしまうかもしれない。

いやしかし!でも僕は、野菜まるごとぶちこまれ料理が好きなのだ。野菜をぶち込んでくれ。お前のそのありのままを見せてくれ!!そう思う。

そうは言っても日常的に、毎度のように味噌汁の底からワカメが生えていたらたまったものではない。

この、バランス感覚については、どの分野においても、いつも立ち止まってしまう。
抽象化して飛躍させるならば、個性商業性(わかりやすさ)。

野菜まるごとが好きだけれど、はたしてそれは美しい在り方なのだろうか。
食べやすく切りそろえられた野菜は、食べやすくていいね。じゃあ切られた野菜の気持ちはどうなっちまうんだよ。みたいな。

いや全然意味わからんけど。

まあ分かってくれ(考えるな感じろ)

要はちょうどいいバランスをとりたいね。と思う。

野菜まるごとは譲れないけれど、そのかわりホロホロにして、とりわけやすいように切り込みいれといてね。みたいな。

真の大衆性とは、そこなんじゃないだろうか。

そんなこんなで

富士琺瑯の鍋をさっきAmazonで買いました。

なんで買ったかって、そりゃあ”野菜まるごとぶちこまれ料理”するために決まってるでしょうが。

というわけで野菜まるごとぶち込まれ系youtuberとして動画投稿してみようかなと思ってみたり。

バランスをとりたいねと言った手前ではあるけれど、まあ自分が食べる分にはいいのさ。いやむしろそれを動画にして届けるという面を合わせると良いバランス感覚である。

気が向いたらみてください。

最後に、ワカメは野菜じゃなかった。

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